お気に入りのカメラを片手に知らない街、いつもの見慣れた街を


by okumura_akio1208
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<   2006年 12月 ( 19 )   > この月の画像一覧

港市

土曜日は、紀北町紀伊長島の「港市」に出かけました。
12月は、16日から24日まで9日間開催されるというので、父と母を連れて
故郷の町にドライブです。
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美味しい伊勢海老も・・・・・でも高い!
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紀州の冬の風物詩、サンマの丸干し
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秋の初めに三陸沖で獲れるサンマは脂が乗って美味いですが、私はその脂がダメなのです。
冬に紀州沖まで来るサンマは脂分が抜けて、丸干し、味醂干しに最高の素材になります。
また、紀州名物のサンマ寿司にもなります。これらは大好きです。

紀伊長島に着いてクルマを降りて、すぐに「○○さぁーん」と呼ぶ声が・・・・・
なんと、ブログ仲間のhamaboさんでした。
hamaboさんは、小学校の教師をしていた母の教え子です。
50年ぶりに、元教え子に会った母は嬉しそうでした。
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by okumura_akio1208 | 2006-12-17 01:38 |

宝物のカメラ

これが、47年前に父が買ったカメラです。
フジカ(今のフジフィルム)の35-SEというカメラです。
昭和34年12月発売ですから、発売直後の新型カメラを奮発したようです。
セレン式の露出計内蔵、レンズはFUJINONのF1.9という明るいものです。
当時の父の月給の約2倍の値段だったそうです。
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我が家にある、最も古いカメラで家族の記録を残してくれた宝物です。
10年ほど前にオーバーホールに出し、今も露出計も含めて完全に作動します。
父の凄いところは、この古いカメラの付属品レンズフード、フィルター、元箱まで残っていることです。さすがに皮製の速写ケースはボロボロになりましたが。
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by okumura_akio1208 | 2006-12-08 12:25 | カメラ

誕生日

今日、12月8日は私の誕生日です。
今から、47年前にこの世に生を受けました。
父は、生まれて来る私のために月賦でカメラを買い、
この日から小学校入学まで一ヶ月ごとに写真を残してくれました。
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by okumura_akio1208 | 2006-12-08 11:42 | 日常

津波

今から62年前の今日、昭和19年12月7日東南海地震が起こりました。
志摩半島沖を震源としてマグニチュード8.0と言われています。
三重県南部の紀伊長島でも地震とそれに伴う津波で被害が出たそうです。
熊野灘に面した、紀伊長島は過去にも津波の被害が多く、町内仏光寺境内には
「津波供養塔」があります。
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一基は宝永4年(1707年)、もう一基は嘉永7年(1854年)のものです。
記録では、宝永の大地震の後の津波では、当時の紀伊長島の人口2491人のうち
500余人が流死したそうです。
また、供養塔には地震の後には津波に備えて山に逃げる旨が記されています。
再び東海地震、東南海、南海地震の発生が言われ出して、久しいですが地震はいつ襲って来るか、なかなか予想がつきません。
県中部の津市に住む私も、災害に備えて非常持出袋を準備しようと思った今日でした。
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津波供養塔がある仏光寺の背後の山です。
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by okumura_akio1208 | 2006-12-07 22:32 | 日常

ファランボラーン駅

またしても、バンコク紀行なのだ。
バンコクの中心駅、ファランボラーン駅。
物好きな私は、オプションツアーは断りホテルから歩いて、この駅へ。
道に迷いながらも、何とか到着。日本語はもちろん英語も通じなかった。
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切符を買うのも一苦労・・・・・
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これから、タイ国鉄の鈍行でアユタヤへ、ってかぁ?
本当は、何でもええからタイの鉄道に乗ってみたかっただけ。
だから、次の駅で降りるのです。
この「次の駅までの切符」を、売り場の駅員に理解させるのにどれだけ時間はかかったことやら・・・・・鉄道警察まで登場して、ようやく意味がわかり切符を手にした。
そして、ホームへ・・・・
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by okumura_akio1208 | 2006-12-07 00:53 |

チャオプラヤー河

数年前にタイを旅行した時の写真です。
どうにも、私はどこに旅行しても、ごく普通に行く名所・観光地がなじまないのです。
この時も、こんな写真ばかり撮っていました。
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バンコク市内を流れる大河、チャオプラヤー河の水辺にある家
高級ホテルもいいけど、こういう家にも泊まってみたい気がします。
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川岸にある廃墟、昔はホテルだったのか?お金持ちの別荘だったのか?
船から見ても不気味な感じでした。
この時、使用したカメラはCONTAX G2でした。
レンズはビオゴン28mm、プラナー45mm、ゾナー90mmの3本を持って行きましたが、90mmは結局使わなかったと思います。ほとんど28mmを付け放しだったようです。
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どこかのブログに刺激されて、また行きたくなりました。
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by okumura_akio1208 | 2006-12-06 01:03 |

山に赤い葉がなる木がありました。
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珍しく一眼レフで、撮ってみました。  
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by okumura_akio1208 | 2006-12-04 21:41 |

里の秋

やわらかな秋の日差しの中で、のんびりした山里がありました。
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海辺の漁師町で生まれ育ったせいか、こういう山里にあこがれます。
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by okumura_akio1208 | 2006-12-02 23:12 |

ライバル

昭和40年代後半は、三重県内にはまだ蒸気機関車が走っていました。
貨物列車がほとんどでしたが、亀山~伊勢市間に一日一往復の旅客列車も残っていました。
往年の急行旅客用機関車C57です。
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また一方では、近鉄には昭和5年生まれの古豪2200系電車が急行運用に最後の頑張りをしていました。旧参宮急行電鉄(現在の近鉄の前身)の2200系は、電車と言えば路面電車か
せいぜい都市間連絡用でしかなかった時代に、大阪から大和盆地を突っ切り、青山峠で伊賀を越え、五穀豊穣の伊勢平野を疾駆した現在の長距離電車の元祖ともいうべき電車でした。
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参宮急行の大阪からの直通電車に、国鉄のC57またはC51牽引の参宮快速で対抗しました。国鉄側は遠く姫路始発の列車もありました。
C57の牽引する旅客列車と、近鉄2200系急行は戦前からのライバルでもあったわけです。
昭和40年代後半に、両者とも引退していきました。
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by okumura_akio1208 | 2006-12-02 01:57 | 鉄道