お気に入りのカメラを片手に知らない街、いつもの見慣れた街を


by okumura_akio1208
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カテゴリ:日常( 22 )

冬の田んぼ

冬の田んぼには、緑がないと思っていたら意外や意外!
おもしろい緑がありました。
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最初のテストです。
何もせずに、jpgで撮ってみました。
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by okumura_akio1208 | 2006-12-22 22:34 | 日常

誕生日

今日、12月8日は私の誕生日です。
今から、47年前にこの世に生を受けました。
父は、生まれて来る私のために月賦でカメラを買い、
この日から小学校入学まで一ヶ月ごとに写真を残してくれました。
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by okumura_akio1208 | 2006-12-08 11:42 | 日常

津波

今から62年前の今日、昭和19年12月7日東南海地震が起こりました。
志摩半島沖を震源としてマグニチュード8.0と言われています。
三重県南部の紀伊長島でも地震とそれに伴う津波で被害が出たそうです。
熊野灘に面した、紀伊長島は過去にも津波の被害が多く、町内仏光寺境内には
「津波供養塔」があります。
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一基は宝永4年(1707年)、もう一基は嘉永7年(1854年)のものです。
記録では、宝永の大地震の後の津波では、当時の紀伊長島の人口2491人のうち
500余人が流死したそうです。
また、供養塔には地震の後には津波に備えて山に逃げる旨が記されています。
再び東海地震、東南海、南海地震の発生が言われ出して、久しいですが地震はいつ襲って来るか、なかなか予想がつきません。
県中部の津市に住む私も、災害に備えて非常持出袋を準備しようと思った今日でした。
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津波供養塔がある仏光寺の背後の山です。
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by okumura_akio1208 | 2006-12-07 22:32 | 日常

雨上がりの朝

昨夜はよく雨が降りました。
県南部の方では、かなり激しかったようです。
朝、起き抜けのワンショットです。
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Caplio R3でマクロ
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by okumura_akio1208 | 2006-11-28 00:49 | 日常

自然に帰る・・・2

旧家の土蔵。
もう住む人もいないのか、蔦が土蔵を覆い尽くそうとしています。
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蔦だけでなく、屋根の上に小さな潅木まで生えています。
かつての繁栄を築いた象徴の土蔵も、自然に帰ろうとしています。
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by okumura_akio1208 | 2006-11-19 20:59 | 日常

藪ノ町

今日、仕事で尾鷲に行き早く終わったので、帰りにカメラを片手に故郷の町をぶらぶらと歩いてみました。
「藪ノ町」
紀伊長島にある細い路地のような通りです。

私は母が働いていたので、生後48日目から保育園に入るまで
藪ノ町のある家で、昼間預かってもらっていました。
ですから、本当に赤ん坊の頃の記憶が残っている町です。
その家は、子供のいない夫婦で、やさしいおじさんとおばさんでした。私は「藪父ちゃん」「藪母ちゃん」と呼んで、小学校に入ってからも時々遊びに行ってました。
津に引越してからも、盆と正月には顔を出していました。大学生になっても、そこでは「あき坊」のまんまでした。
また会いに行きたいな、と思ってから何年が経ったでしょうか・・・・。もう15年は疎遠になっていました。
今日、藪ノ町を歩いて、懐かしくなり、ふと立寄ってみました。
以前のように「母ちゃん」と「父ちゃん」がいるものと思っていました。
中に入ると、知らない人が何人か・・・お坊さんもいました。
何ということか!藪母ちゃんは一週間前に亡くなっていたのでした。父ちゃんも、何年か前に既に亡くなっていました。
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祭壇の前で、50前の男が涙を流してしまいました。
子供の頃、自分には母ちゃんが二人いる、と思ってました。
家で叱られて、藪ノ町に逃げたこともあります。
中学、高校の頃には父ちゃんの船に乗せてもらったこともあります。
今日、帰り道も涙が止まりませんでした。
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by okumura_akio1208 | 2006-11-07 23:14 | 日常

「文化の日」の展示

毎年、近くの公民館で母が作った和紙人形の展示をする。
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この一年間に作った物を並べてある。
展示が終わった後も「見せて欲しい」という方が、たまに家に来る・・・・・

警告!
このようなブログに、人形をアップすることに関して、人形の会にクレームをつける
不可解な人がおります。
このブログは、私Vavi個人のものであり、タイトルにもあるように私がカメラを持って
ぶらぶら出かけて、自分で見た物を写してアップしているだけです。
商業主義に走るわけもなく、何の問題も生じないと考えます。
一部に、それが理解できないかわいそうな人、精神的におかしいのではないかと思われる人、がいらっしゃるようです。
表現の自由、ということを、どのように考えているのか?
ましてや、ブログとは絵日記のようなものです。
私が個人的に撮影し、アップするのに文句があるなら、こそこそした行動をせずに
正々堂々と、コメント欄に書き込んでいただきたい。
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by okumura_akio1208 | 2006-11-02 11:44 | 日常

実りの秋

我が家の家庭菜園で収穫したサツマイモとサトイモ
サツマイモはまぁまぁですが、サトイモは不作でした。
葉が全然大きくなりませんでした。
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サツマイモは、焼き芋に・・・・
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by okumura_akio1208 | 2006-10-30 22:36 | 日常

赤ちょうちん

学生時代、アルバイトのお金が入ると行っていた、小さなお好み焼き屋さん。
京都の新しい街、若者の街である北山通りから、少し入ったところにあります。
昔から変わらない雰囲気が残っていました。
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メニューも手書きのまま・・・・・
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でも、美味しいお好み焼きも昔のまま・・・・・
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マスター「何年ぶりやなぁ?10年ぶりくらいか?」
Vavi  「三重に帰って13年やし、15年ぶりくらいかなぁ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
マスター「あの子はどうしてる?京大の工学部に行ってた子は」
Vavi  「もう年賀状のやり取りだけやけど、京大で助教授になってる頃やわ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あの頃も、今も、ここに来る時はいつも二人で来ます。
懐かしい青春時代に帰れます。

その京大の工学部に行ってた人は、今年4月から神戸大学の教授になっています。
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by okumura_akio1208 | 2006-09-26 13:31 | 日常

戦争の傷跡

津市内を南北に貫く国道23号、安濃川に架かるのが塔世橋です。
津市は昭和20年3月から空襲を受け、三重県下では最多の犠牲者を出しました。
県庁所在地ということで、工場地帯の四日市、航空隊のあった鈴鹿、明野より桁違いの戦禍でした。
特に、昭和20年7月の空襲はB29による焼夷弾だけでなく、空母艦載機の機銃掃射もあったそうです。
当時も今と変わらず幹線道路であり、近くに県庁を始め多くの県の役所があった塔世橋が攻撃を受けたのも当然だったのでしょう。
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昭和9年に完成した旧「当世橋」の高欄です。
ところどころに、機銃掃射を受けた跡が残っています。
この橋は、高欄が御影石で出来ていて、私もよく覚えています。
平成元年に、新しい橋に架け変える際に、旧橋の高欄の一部を橋のたもとに移築して
戦争を伝える傷跡として保存してあります。
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現在の塔世橋からみた安濃川。
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by okumura_akio1208 | 2006-09-11 13:43 | 日常