お気に入りのカメラを片手に知らない街、いつもの見慣れた街を


by okumura_akio1208
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

カテゴリ:鉄道( 42 )

DD51重連

全国でも数少なくなったDD51型ディーゼル機関車の重連が牽引する貨物列車です。
e0044775_0493414.jpg

地方幹線では貨物列車自体が少なくなり、30数年前にはD51やC57を廃車に追い込んだ
悪役機関車「赤鬼」こと、DD51型ディーゼル機関車も働き場所が少なくなりました。
e0044775_0525560.jpg

我が地元を走る、この貨物列車も深夜から早朝に走るため撮影可能となりのは
下り列車でも三重県南部のみ。
上り列車は事実上、撮影不可能です。
[PR]
by okumura_akio1208 | 2007-04-15 00:55 | 鉄道

形式キハ40

朝の三木里駅です。
三重県の南部、尾鷲市と熊野市の中間にあります。
この日は遠足なのか、小学生が先生に引率されて上り列車に乗り込みました。
e0044775_21512075.jpg

キハ40は国鉄時代の末期に作られた気動車です。
e0044775_2152158.jpg

尾鷲に向かって、走り去って行きました。
e0044775_21523591.jpg

列車がいなくなるとトンビの鳴き声しか聞こえない静かなところです。
この区間は紀勢本線でも最後に開通した区間です。昭和34年7月のことです。
それだけ難所続きということです。
列車は山が海に落ち込んでいる断崖の中腹を走ります。
台風の時に、列車が海に転落して犠牲者が出たこともあります。
e0044775_2156523.jpg

三木里駅から見た集落。白く光っているのは海です。
[PR]
by okumura_akio1208 | 2007-03-09 21:57 | 鉄道

旧「伊勢電」part2

津興橋
e0044775_2224181.jpg

旧伊勢電鉄の岩田川に架かる鉄橋を、そのまま道路橋に転換したもので、伊勢電の今に残る最大の遺構。
複線用の鉄橋なので、真ん中に中央分離帯のようにプレートガーターがでんと突き出ていて、
慣れないうちはクルマの運転も慎重になる。
e0044775_2033818.jpg

上流側に水管橋、下流側に歩道が付けられたため、少し見にくいですが明らかに普通の道路橋とは造りが違います。
e0044775_2035241.jpg

橋梁の下部には「伊勢電鉄」の銘板があったはずだが、今回は探せなかった。
この道路が通称「近鉄道路」と呼ばれています。
e0044775_22225939.jpg

1枚目、4枚目は古い資料をCaplio R5で複写したものです。
[PR]
by okumura_akio1208 | 2007-02-11 20:06 | 鉄道

旧「伊勢電」

先日アップした「伊勢電」の補足
「阿漕浦」
駅現在は三重交通バスの阿漕浦バス停になっています。
20年くらい前までは旧駅の待合室が残っていました。
e0044775_1455982.jpg

「津海岸」駅
ここは三重交通バスの乙部バス停でしたが、バス路線は廃止されてしまいました。
ここにも、旧駅の待合室が長く残っていました。
e0044775_149472.jpg


現在、旧伊勢電の線路跡の大半は市道になっています。
通称「近鉄道路」と呼ばれています。
岩田川に架かる橋は、鉄道時代の鉄橋そのもので、最大の遺構です。
近々、写真をアップします。
[PR]
by okumura_akio1208 | 2007-02-10 01:46 | 鉄道

兵どもが夢の跡

旧「伊勢電鉄」の路線跡に残る橋台。
もう、この上に線路が敷かれることも電車が走ることもありません。
e0044775_2335637.jpg

複線用の頑丈なコンクリート構造物です。
この上を電車が走ったのは、昭和6年から10年と少しの間だけです。
e0044775_2344877.jpg

「伊勢電鉄」は、大正から昭和初期に三重県に存在した私鉄です。
当初、県庁所在地の津と北部の主要都市四日市を結んで開業。
大正末に電化。
北は桑名まで延伸、さらに系列会社の「養老電鉄」が岐阜県の大垣まで開業して
国鉄東海道本線と接続した。
南は松阪を経て伊勢、大神宮前まで開業。
桑名~大神宮間に特急「旭」号を運転するも、折りしも世界恐慌の時代になり
メインバンクの四日市銀行が経営難に陥り、支援が受けられなくなり経営破たん。
その後、ライバル会社の「参宮急行電鉄」に買収された。
松阪~大神宮間は、国鉄参宮線、参宮急行電鉄と競合していたため、昭和17年に廃止。
松阪~江戸橋(津市)間は、昭和36年に廃止。
江戸橋~桑名間は、ほとんどが現近鉄名古屋線となっている。

よほど、鉄道が好きな人でなければ興味のない記事です。
[PR]
by okumura_akio1208 | 2007-02-04 23:21 | 鉄道

DD51

昨日はブログ仲間のKさんに誘われて、久しぶりに列車の撮影に出かけました。
と、言っても市内の近場ですが。
毎年、やって来る伊勢神宮参拝の団体臨時列車です。
e0044775_14323323.jpg

蒸気機関車が最期の時を迎えようとしていた頃、蒸気機関車を淘汰してしまった機関車として
悪役だったディーゼル機関車DD51も、今となっては貴重な存在になってしまいました。
また蒸気機関車には似合わないとか、郷愁が感じられないとか揶揄された12系客車のも数少なくなりました。
そのDD51と12系客車、しかもブルーのオリジナル編成。
国鉄時代を彷彿させる、臨時列車でした。

お目当ての列車の前にやって来たキハ47の普通列車。
e0044775_14462610.jpg

JR化以前の車両は、やはり重厚さがあります。
[PR]
by okumura_akio1208 | 2007-01-21 14:40 | 鉄道

日野駅

近江鉄道の日野駅。
どこか懐かしい雰囲気の残る駅でした。
木造平家建の駅舎。
e0044775_1056421.jpg

ここには切符の自動券売機はありません。
みんな出札口で、行き先を告げて買うのです。
電車が到着した時だけ、一瞬賑わいます。
e0044775_10562242.jpg

反対側のホームに渡るには、跨線橋ではなくホームから降りて線路を渡って行きます。
つまり駅の中に踏切があるのです。
e0044775_10563987.jpg

電車が出てしまった後は、次の電車までガラーンとしています。
e0044775_10565613.jpg

[PR]
by okumura_akio1208 | 2007-01-07 10:57 | 鉄道

近江鉄道

近江鉄道は滋賀県を走るローカル私鉄。
東海道本線の米原から彦根、八日市を経て草津線の貴生川までの本線と
八日市から近江八幡までの支線がある。
e0044775_21545891.jpg
e0044775_21551393.jpg
e0044775_21552547.jpg

日中はほぼ1時間に2本の運行である。
日野駅発車時刻表。
e0044775_21592582.jpg

[PR]
by okumura_akio1208 | 2007-01-03 21:59 | 鉄道

ライバル

昭和40年代後半は、三重県内にはまだ蒸気機関車が走っていました。
貨物列車がほとんどでしたが、亀山~伊勢市間に一日一往復の旅客列車も残っていました。
往年の急行旅客用機関車C57です。
e0044775_1574387.jpg

また一方では、近鉄には昭和5年生まれの古豪2200系電車が急行運用に最後の頑張りをしていました。旧参宮急行電鉄(現在の近鉄の前身)の2200系は、電車と言えば路面電車か
せいぜい都市間連絡用でしかなかった時代に、大阪から大和盆地を突っ切り、青山峠で伊賀を越え、五穀豊穣の伊勢平野を疾駆した現在の長距離電車の元祖ともいうべき電車でした。
e0044775_251486.jpg

参宮急行の大阪からの直通電車に、国鉄のC57またはC51牽引の参宮快速で対抗しました。国鉄側は遠く姫路始発の列車もありました。
C57の牽引する旅客列車と、近鉄2200系急行は戦前からのライバルでもあったわけです。
昭和40年代後半に、両者とも引退していきました。
[PR]
by okumura_akio1208 | 2006-12-02 01:57 | 鉄道

加太越え 続編

紀勢本線の荷坂峠が早くディーゼル化されたのに対して、
関西本線の加太峠は遅くまでD51の独壇場でした。
勾配の割に、トンネルが少なかったのが幸いしたのでしょう。
e0044775_21592782.jpg

e0044775_221316.jpg

e0044775_2221663.jpg

この加太越えから煙は消えて、33年です。
もう一度、加太越えのD51を見たいと思うのは私だけではないでしょう・・・・
でも、復活運転となれば、派手に塗装した機関車が今風の客車を引っ張るイベント列車でしか
ないわけです。
そんなD51を見るくらいなら、思い出の中だけのD51であって欲しいという気もします。
[PR]
by okumura_akio1208 | 2006-11-14 22:03 | 鉄道